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実績主義の陥穽

世の中は変革の時代である。変革の時代とは価値観をはじめ全ての事が激しく変わる時代である。変わるというよりもひっくり返るといったほうがふさわしい。かつて権威のあったものがその力を無くし,お笑い芸人とさげすまされていた人々が長者番付の高い位置にランクされる。スポーツ選手が高い収入を挙げる事は比較的昔からあったが,多くの人があこがれる職業ではなかった。しかし,現在は大抵の子どもはサッカー選手などのスポーツ選手に憧れている。大昔は末は博士か大臣かといわれたものだが大臣に憧れる人もいないし,博士になっても下手をすれば就職浪人である。
会社の組織も従来のピラミッド型から逆ピラミッド型になるそうで、これまでの年功序列はとっくに化石時代の話しになっている。このように産業界全体で言えば、過去を如何に捨て去るか,更には如何に早く,新しい価値体系に修正するかを競い合っている。一番典型的な例は土地に対する価値観の転換であろう.従来は土地の所有に対する価値であったものが利用に対する価値に変わった点であろう。
一方,翻って建設業界の状況はいかがであろうか。色々な入札制度や経営審査のやり方は少しずつ変わってきてはいるが,相変らず売上での序列や工事実績がものを言う世界は変わってはいない。他の産業では異業種からの参入や実績の無い分野への進出は日常茶飯事でありこのことによって技術革新が進んでいる事は紛れも無い事実である。とは言え実績が無い分野に進出したり、新たな開発にトラブルや困難が無いという事ではない。それでも新たな挑戦が行われて産業が発展していくのである。よく建設業は特殊であり,現地一品生産で,出来上がった製品を見てもらうわけにはいかないのであるからという議論がなされる。しかし他産業の新製品でも同じ不安は消費者にはある。それでも挑戦するのであり,失敗する事もある。そうした失敗を乗り越えて初めて新技術が根付くのである。勿論生命に危険を及ぼすような失敗は許されないが、  では現実の建設業界はどうなっているであろうか。一般競争入札といいながら実績の有無が必ず問われ,それと同時に技術者の経験も同時に要求され、まさにがんじがらめである。一見規制緩和したように見えながら,実際は規制強化した部分もある。昔なら実績が無くてもこれまでの仕事のやり方で指名を貰う事も可能であったり,下請け実績をつけるということもあった。しかし現在では実績のある技術者を仕事が無くても揃えておかなくてはならないとか、実績確保のためにダンピングするとかの行為が頻発し、実績主義の弊害がいたるところに出ている。国民はそんな事情は知らないからダンピングの数字を見てそれで完全な仕事が出来ると思ってしまい公共工事は高いものについているという感覚になってしまう。ダンピングで仕事をとって検査合格すれすれの出来栄えの実績でも実績といえるのであろうか。実績と呼べるのは合格ラインに達すると共に優秀な工事実績を残したものにするとかの工夫が必要であろう。
入札の透明性や公開性が強く求められているが入札行為は入札で終わるのではなく,工事の結果が出て終わるのであり,その結果も竣工直後のものではなくある程度の時間経過の後の結果である。いずれにしても現在の実績主義は,産業構造の変革の為にも,技術革新をサポートする為にもダンピング問題の一つの問題点解決の為にも根本的に見直す時期に来ていると思われる。入札問題の基本は優良な業者を選定する事にあり,価格の安さだけが唯一の指標ではない。その為の具体策は他の稿に譲るが現在の電子化などが根本的な解決の方向ではない事を述べておきたい。