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民主主義と景観形成 その1

 今景観問題が徐々に人々の関心を集めるようになってきている。その背景には深刻な不況の乗り切り策の一つとして、いつも言われる地域活性化のための街おこしや都市再生の動きがある。観光産業だけでなく,全ての産業と地域のイメージが重なり合い影響しあうことは昔から分かっていたことではあるが,再び脚光を浴びているのであろう。京都や,奈良,鎌倉等古都の地名のついた産物は一文高い。近代産業でも地域の属性と産業の勃興との関係が文化産業論としてまことしやかに語られる。その根拠はどうやら人間は環境に左右される動物であるということなのであろう。特に育つ過程で過ごした環境の影響は大きいといわれる。いわゆる原風景と呼ばれるものである。
日本人の感性と西洋人の感性の違い,中近東の人々の感性と,南米のジャングル地帯に住む人々の感性の違いはやはり夫々の生まれ育った環境から来ることは言うまでも無い
粗雑な環境からは粗雑な人間が育ち,のんびりした環境からは穏やかな人々が生まれる可能性は高い。これは感覚的なことであり,実証的に景観とどんな関係があるのかと問われるとかなり返事に窮するところではあるが。しかし,景観は環境の大事な構成要素でもあるし,景観の形成過程に焦点を当ててみると見た目だけでなくその景観を作り上げてきた人々の暮らしや大げさに言うと歴史や哲学までもが関係してくることがわかる。景観にはそこに住んできた人々の考え方や価値観までもが現れているといっても過言ではない。汚いごみやけばけばしい看板が一向になくならないのも人々の意識の問題ということが出来る。ということは,もっと突っ込んで言えば,人々の生活を規定してきた風俗習慣,文化意識,経済状況や,宗教,政治体制までもが景観の形成要因である。もちろんその基本には、その地の気候風土があることは言うまでも無いが,風土は自然環境で人間が余り手を下すことの出来ないものであり,また人間が余り影響を及ぼさないほうが望ましいと考えるのでこれからの議論からは除外することにしたい。それに風土については,景観形成の過程で無視されることは無いので,あくまで人間の関わり方のみを論ずることにする。
 では景観とは一体何であろうか。景観について研究されている方は多いし,筆者は景観の専門家ではないので,かってな定義をすべきでないと考えるが、定義なしに議論を進めるわけにはいかないから私なりに、ごくシンプルに定義しておく。
“景観とは自然環境の中で人間の生活を営む為の様々な施設の織り成す調和の状況”を言う。但し,景観の良否は人間の主観によるので,その良否を決定するのはかなり難しい。
 しかしその良否の基準が全く無いわけではない。100%の人が賛同するわけではないが、大多数の人が賛同する基準である。それは、景観といわなくても景色でもなんでも良いが、ラスベガスのように明らかな他の娯楽の目的がある観光地を除いた人気観光スポットはたいてい景観も優れている場合が多い。それはニューヨークのような摩天楼尽くしのところから、サハラ砂漠の風景まで人間の関与の度合いもかなり違うが、どちらも風景や景観が人々をひきつけていることに変わりは無い。特に歴史的建造物は景観的にも優れているものが多い。ところが、歴史的建造物や、優れた街並みが形成された背景を考えてみると実に様々な背景がある。宗教的なもの、封建制の政治体制、民主的な政治体制下における都市計画など実に多種多様である。その場合でも一つに限定できるわけではなく様々な要素が組み合わさって出来ることのほうが多い。例えばパリの大改造はナポレオン三世治下の第二帝政という政治状況のもとに雇用対策の一環としても行われたものであり、政治経済状況と深い関係がある。いずれにしても、景観を論じるには歴史や哲学、政治体制なども含めて論する必要があり、その複雑さのゆえに国立市の高層マンションのようなこじれた関係が出来上がってしまうと思われる。過去の優れた景観がどのように作られたかを検証すれば、特に政治的な問題や行政、諸制度のあり方など多岐にわたる問題が出てくるであろうが、景観のために古い制度や政治体制を選択しなおすわけには行かないのだから、これからの議論は当然のことながら、現在の民主主義、資本主義の政治経済体制下での良好な景観形成の方法を模索しなければならない。その議論は次の稿に譲るが、最近筆者は、景観問題は我々が唱えている建設倫理の集大成的結果であるという考え方にいたっている。

 

民主主義と景観形成
  その2

  日本の現状の景観が良好であるという人はあまり多くは無いと思う。もちろん地方のいろいろなところに残された局地的な景観は、おもちゃ箱や箱庭として部分的にはすばらしい所は多く存在する。しかしある程度の広さを基準にすると街全体として調和の取れた景観を持ちつづけているところは非常にまれである。
このような現状に至った理由について2
,3列挙してみる。
    第1に,文物や美意識など基本的に輸入文化の歴史が長く続いた。日本人は文化に対して保守主義ではなかった。これはかなり古い昔からの伝統である。外来文化が時代とともに変わるたびに新しいものを取り入れてきて,多くのものは消化し、同化してきたがあるものは違和感をもたれながらそのまま生き残ってきた。
    第2に、明治以降の政治経済体制が案外自由なものであって,行政の強圧的な力があまり強くなかった。従って個人の財産権の範囲で自由な建設行為が成り立った。それと同時に土地の私有権が強く、公共の概念が諸外国と異なっていた。例えば,小金をためた中産階級の夢は古くから庭付き一戸建てでしかも垣根ならともかくフブロック塀や万年塀で取り囲み庭には山水を施すのが共通の価値観であった。そこには公共としての建設物の自覚は全く育ってこなかった。私有財産でも外から見れば景観の一部であるという自覚は全く無く、すばらしい庭も家族だけの楽しみでありつづけた。
    第3には、敗戦後の復興の必要性があまりに急を要し全体との調和など考える余裕が無かったのである。これらの状況を考えてみると日本にはこれまで良好な景観を造らねばならないという強いベクトルが働いたことは極論すれば一度も無かったともいえる。そして、景観形成がそれに関わる多くの生活者の意識に依存するとしたら、特に敗戦後外国から与えられた民主主義のもとではごく一部では景観条例として結実したところもあるにはあるが、国全体として良好な景観形成を図る為の基本的な議論がなされてこなかったといえる。そのことが国立市を含め各地で引き起こされる景観や保存の問題が様々な紛争に発展してしまう原因になっているといわざるを得ない。聞くところによると国では現在景観大綱なるものの作成の動きがあるそうであるが、一日も早い制定が待ち望まれる。それをきっかけに、広く国民の間に議論を起し、現在のように景観問題の解決にすぐに司法の判断を仰ぐという事を避けなければならない。司法の出番は民意を反映した法律が出来てその法律の番人として機能していくのが本来の役割であるべきである。まだ民意の集約がなされていない段階で司法が出るのは時期尚早もはなはだしいと考える。最大限に司法の力を借りるとしても、三権分立のバランスのなかでの事であって司法の判断が優先していく今日の事態は決して好ましいことではなく、言うなれば立法府の怠慢としかいえないところである。それも煎じ詰めれば国民の意識の低さに根本原因があり民主主義のもとでは、先ず市民の意識の高まりがあり、そして合意形成のための手段が模索されなければならない。その一連の流れを作るきっかけになるような景観大綱の成立はきわめて意義が高い。この成立を好機として広く議論を起し、景観問題への市民参加と合意形成への道筋を作らなければならない。現在議論が盛んな有事法制で最も難しい問題である私権の制限を含む可能性のある景観問題に関する法整備は、有事法制の成立に掛かった道のりよりも長い議論が必要になるかもしれない。それを覚悟してでも、将来の子孫にこの猥雑な景観を残していくのをここら辺でやめにする必要がある。また一部でも残されている貴重な景観や美しい建物を保存していくことを現在生きているものたちの責任として、今、直ちに始めなくては取り返しがつかないところまできていると強く感じている。そしてパリの大改造が公共事業による雇用と需要創出の嚆矢であったように,地価の沈静化した今こそ民意をまとめ良好な景観作りに乗り出す好機であると考えられ、不況にあえぐ建設業界にとって,景観問題は静かな起爆剤になりうる可能性もある。