公益通報者保護制度の動き
筆者の手許に一通の手紙がある。内容は大きくいって二つである。一つは筆者の本誌3月13日に掲載された記事に関連したものであり、主に岐阜県発注の落橋防止の為の耐震補強工事に関するものである。もう一つは、新たな欠陥工事に関する告発の内容になっている。前者の問題は、処分の妥当性はともかく欠陥工事が発覚し調査され、処分がなされ、対策が講じられているから筆者がとやかくこれ以上言うべきことではない。あえて付け加えれば、このような事態になりかねないのは(既設の鉄筋にあたる)十分予測できたはずなのに設計にその点の配慮がなされていたのかどうかという点ぐらいである。それと法的な表現ではこのようになるのかもしれないが、この工事は単なる過失による粗雑な工事と呼ぶには問題が多くありすぎるということであろう。これらの点は、この所論のテーマではないのでこのくらいにして、もう一つの問題に筆を進めたい。この手紙はわずか500字程度の短いものであるが、若しその内容が事実であるならば、国民にとって重大な情報を提供するものであるといわざるを得ない。
その手紙は、今回の落橋防止工事とは違ったタイプの耐震補強工事でも欠陥工事がなされていることを指摘したものであった。
しかし、現在まで、筆者は具体的なアクションはとってはいない。それはこの手紙が匿名であって、事実の確かめ様がないからである。そこで、この手紙の処置に対するあるべき方法について考えてみた。第一は、この手紙をそのまま、しかるべきマスコミに通報し、情報として開示する。次に第二として、この手紙を、当該の発注機関に届ける.第三は筆者が独自の方法で調べる。第四は発注者を監督する立場の役所に通報する。そのほかにも他の消費者団体に情報提供するなどが考えられるが、何れも、この手紙が匿名であることにネックがある。
次に、この通報者が、何故あえて匿名にしたのかということがどうしても気に懸かる。この情報がどのように取り扱われることを期待しているかということもある。岐阜県の耐震補強工事の場合もきっかけは内部告発であったと聞いている。匿名であったのか、記名であったのかは知らないが、この種の事柄は関係者でなくては事実を知り得ない。全くの消費者のような第三者では告発する事実を手に入れることは困難である。それだけに今、にわかに公益通報者の保護制度の検討が急がれているのである。
現在日本では、原子力関係には公益通報者保護制度があり運用が既になされているということである。東京電力のトラブル隠しも内部告発、言うなれば公益通報によって明るみに出てきた問題であり、この公益通報者保護制度が機能した事例である。
これまで日本では内部告発者は密告者として、裁かれ、村八分にされることが多かった。いや今でも原子力技術者のように公益通報者保護制度が出来ていても告発者は外資系の会社の社員であったと聞いている。まだまだ日本の企業では公益通報者は差別や圧力を受ける危険が高い。例えば、雪印の食肉偽装事件の告発者である食肉の納入業者は結局倒産の憂き目に会っている。
建設産業は特に土木関係は、国民の生命や安全に直接関わる部門が多い。それだけに、一日も早く、公益通報者保護制度の制定が待たれる業界ではないであろうか。一部には、そんな制度が出来たら建設業は大混乱になるという意見もある。しかし、経営者はここでじっくり考えていただきたい。この情報化の時代に、トラブルがあって、現場で隠しても、何れ表に出てくる危険性はかなり高い。そのとき、重い処罰を受けるよりも、企業が早い段階で対応できるうちに自分自身で処置できるほうが企業にとってもリスク管理として格段に優れていることは論を待たない。実際に今回の過失による粗雑工事の問題で受けた処罰と、ある橋梁工事でストレス不足に気づいた技術者の自主申告で会社が手直しを申し出た事件の処罰の違いは、金銭的にはともかく、企業の信頼に対する評価は格段の違いとなり.今後の事業展開に大きな差となって現れてくることは間違いない。これらの事例を見ても内部告発者を公益通報者に変え、さらに言えば技術者の品質管理の一つのあり方として各企業に根付かせることが大切である。企業がこのような倫理力を持つことが21世紀の企業社会での正当な生残り策になるであることを確信して止まない。
|