建設倫理に於けるアメとムチ(その2)
先回、建設倫理に於けるアメとムチで消費者の期待される行動について述べたが、倫理と似て非なるものに法令遵守という言葉がある。英語ではコンプライアンスといい、近年盛んに使われている。倫理とコンプライアンスは目的が同じであるが手法が異なる。つまり倫理は人間誰にでも備わっていると考えられる良心の働きに期待するものであるが、法令遵守は法令で縛り罰則で効果を出させようという考え方で、北風と太陽の童話のような違いがある。我々は基本的には倫理の構築と実践をという考え方であるが、倫理を敷衍させる事は非常に難しい。それと倫理の敷衍で期待するレベルと法令で期待するレベルには違いがあり、法令は必要最低限の縛りである。従って、法令は犯していませんといって開き直る政治家がいるが、政治倫理や道義的責任を問われるのは法令が最低線のモラルを担保しているに過ぎないからである。だから我々はあくまで倫理の探求をしなければならないと考えている。
ところが現実の世の中は、法令さえ守られない事件で溢れ返っており、倫理の登場を期待するよりも法令による縛りを第一に考えて、せめてそのレベルだけは守らせようというのが精一杯である。その為には罰則の強化が第一に考えられるが、その方向ではここ10年でかなり法整備が進んでいる。しかし、それだけでは不十分で消費者の賢い選択が必要である事は先回述べた。そして、経営倫理という学問分野を早くから発達させたアメリカではコンプライアンスのためにもう一つの具体的方策をもっている。それがアメリカ連邦量刑ガイドラインと言われるものである。このガイドラインが設けられたのは1991年にさかのぼり、やはりアメリカでも軍需産業における不祥事の多発が発端であった。ガイドラインの骨子は基本的にはアメとムチの考え方であり、簡単に言うと日頃から犯罪防止の努力をしている企業とそうでない企業に罰則を科す場合の量刑を変えようというものである。罰則の強化だけでは企業の犯罪防止の努力が十分に引き出せないと考えたのである。経営者にコンプライアンスの経営を期待するにはその努力に報いる制度が必要だと考えたのである.司法取引が認められている国ならではの考え方である。もう少し詳しく言うと、日頃から犯罪防止に社員研修や専門担当者を置いて努力している企業には標準量刑の20分の1まで量刑を下げ、一方組織ぐるみの犯罪には最高4倍まで量刑を増やすというものである。標準の罰金が1万ドルとすると、方や500ドル、方や4万ドルの罰金になるという事である。その差は何と80倍である。このアメとムチの組み合わせによって企業に日頃から企業犯罪の防止に努力させようというものである。例えば、雪印や、JCOの原発事故などは量刑が加算される方であろう。一方、名前は出さないが経営倫理実践研究センターなる組織に所属していて日頃から努力している企業は減刑されるほうになると思われる。だが残念ながらこの経営倫理実践研究センターには建設関係の企業はほとんど参加していないと聞く。
アメとムチ2
リスクマネジメントとしてもこのような量刑ガイドラインのようなものがあるなら企業犯罪防止プログラムを取り入れ犯罪防止に努力する企業も増えると考えられる。現実にアメリカでは、このようなプログラムを採用する企業が多く、それ以後企業犯罪が激減したという事である。日本でも裁判官の情状酌量ということもあるがもっと明確な基準作りをすべきであるという声も有り、日本経営倫理学会では法制化の運動をしていくということである。建設業界もこのような動きに遅れることなく、企業犯罪の防止のために具体的なアクションを起こすべき時が来ていると考える。私事で恐縮であるが私共建設環境情報センターでは建設倫理の経営手法の研究を開始し企業犯罪の防止をはじめリスク管理や顧客本位の経営のあり方を研究している。完成したら是非採用をお勧めしたい。